ちょろの癒し部屋

ワクワクと癒しを提供しようと、毎日記事を更新しています。

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死ぬことが怖い

おはようございます。

ちょろです。

昨日は体を壊すために、僕が本能的に欲していたものを食べました、、、

 

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ケンタッキーあーーんど まるごとソーセージパン。

うわーーー。ダメな組み合わせーー。しかも、これとお酒。

うわーー。マジでやばい。でも、僕の心は止まりません。「絶対に今日はこれを食べたかった。。」

 

人生は一度きり。今食べたいものを食わずして死ねるか!!

よし。。明日は健康的な食事を取ろうと決めた私です。

 

死ぬことが怖い

僕達は、この世に産まれた時から死に向かって歩いています。

お母さんのお腹から出てきて呼吸を始めた時点で、その呼吸が止まるまでの時間をカウントダウン中です。もちろん今も。

 

死んだら今の肉体では何も出来ません。

本当はもっと美味しい物を食べたかった。美味しい酒を飲みたかった。美女をブイブイ言わせたかった。もっとお金持ちになりたかった。もっと色んな所に行きたかった。もっといい家に住みたかった。

 

どれも死んだら出来ません。

死ぬってことは、一番怖い事です。

みんな誰も死にたくありません。死さえなければ、大概の事は乗り越えていけます。でも死んでしまえば何も出来ません。

今の時間を本当に真剣に生きていますか?今の自分が人生の最大だと思っていませんか?もっと改善できる!と日々チャレンジしていますか?

 

ただ、どんなに頑張って努力しても、いつかは死ぬという現実は避けられません。

必ず、いつかは死にます。

 

先日、ロックンローラー内田裕也さんがお亡くなりになられました。79歳。奥さんがお亡くなりになって半年。破天荒な人生を歩まれて、最期は奥さんと同じ天国へ行かれて、今頃は天国で二人仲良くされているのかもしれません。

死ぬ前に人は後悔するのでしょうか?それとも、いい人生だった。と満足して死ぬのでしょうか?それは誰にも分かりません。

内田裕也さんも、ご自分の思い通りに生きれた部分も、後悔されている部分もあると思います。どんな気分で今の肉体と別れを告げられたのかは誰にも分からないわけです。

 

人は、死なないためにありとあらゆる努力をしています。

健康な肉体を維持したい。老けたくない。事故や事件に巻き込まれたくない。安全な場所で暮らしたい。殺人犯を撲滅したい。

どんなことをすれば健康な肉体でいられるのか?

どんなことをすれば安心して暮らせる場所を確保できるのか?

めっちゃ考えて毎日生きています。ここまで僕達のご先祖様は沢山考えて今の日本や世界を作ってくださいました。

それでも、僕達は怖いです。

昔と比べてどんなに安全で安心しているこの現代社会でも僕達は毎日怖がっています。

 

死ぬことを回避するためにも日々頑張ってお金を稼いでいるわけです。

お金があれば安全と安心が手に入るような気がしますから。

 

安全と安心は本当は永遠に手に入らない

確かにお金持ちになって、家のセキュリティを強化したり、健康的な食事を取ったり、最高技術のお医者さんを雇ったり、健康維持のための保険をかけたり、

 

お金があればお金がない人より沢山安心は手に入れられます。

でも、どこまで行っても「いつかは死ぬ」の恐怖からは逃れられません。

先日、世界的に安全と言われていた国、ニュージーランド。この国でもテロリストによる無差別殺人がありました。

しかも、そのテロが世界中に広まっています。

本当は殺さなくてもいい人。もっと長く生きれる人を殺して、自分たちの考えを広めたいという自分勝手な行為で人を殺しまくっています。

 

お金があって、どんなに安全なところにいても、ひょっとしたら、明日死んでしまうかもしれません。

どこまでいっても「いつかは死ぬ」のです。

みんな死ぬんだから。

 

死ぬことは悪い事なのか?

死んでしまえば、今の肉体は動かなくなります。

呼吸を始めて肉体は活動し、呼吸を止めると腐り始めます。

腐ってしまえば、今の肉体とはおさらばです。

でも、ただその肉体と別れなければいけないだけで、僕達の意識がどうなるのか?は誰にも分かりません。意識だけが存在し、また新たな肉体や物に宿って、次の人生を歩むのかもしれません。

よく、前世はどんな人だったとかなんとか、占いなんかもあります。

霊とかそういう非科学的な話ともつながるのですが、今の肉体の記憶はリセットされても、意識はまだ存在し続けるかもしれません。

 

ひょっとしたら、意識だけ天国に行ってめっちゃ幸せな時間を過ごした後に、また下界に戻ってきて別の形で生まれ変わったりするのかもしれません。

 

終わりは始まり。

終るから新しいものに蘇られる可能性もあるのです。

 

極力今の肉体で幸せを感じて生き抜きたいですが、死んでも別の幸せが待っているのかもしれません。

今の人生で人の為に生きた分来世では幸せになれるという仏教の考え方もあります。

 

死んでしまえばお金の意味なんてない

死にたくないために、安全でいるために、お金を貯めようとします。

より多くのお金を稼ごうとします。

でも、死んでしまえばゼロです。

死んでしまえばやりたいことも出来ないです。

 

お金を稼ぎ続けることに大切な時間を割きすぎて、結局自分のやりたかったことの数%しか出来なかった、、なんてことになったら本末転倒です。

 

やりたいことをするためにお金も必要。でもやりたいことをする時間も必要です。

その時に自分が本当に欲している物を目指して、今の自分を変える努力。疲れたら休む勇気。自分の人生を自分のペースで生きる努力。

 

ひょっとしたら、自分のペースで生きたからもっと多くのお金が手に入るかもしれません。

頑張らなくなったらもっと多くの人が助けてくれてもっと多くのお金が艇はいるかもしれません。

自分のやりたいことをやり始めた途端に世界が全く変わって見えるかもしれません。

 

今日を大切に、今を大切に、目の前の物事を大切に、生きていますか??

その目の前の物事を真剣にこなしていくことが本当は幸せなのかもしれませんよ?

恐怖も不安も感じなくなるのかもしれませんよ?

 

そんな中で後から付いてくるのがお金なのかもしれません。

もしかしたら、お金なんてなくても住むところと食べるものと着るものさえあって、仕事さえしていれば本当は不安なんて感じない幸せな状態なのかもしれませんね。

 仕事が辛くなれば辞めればいい。でも、逆に辞めちゃったらその仕事をしていた時間の幸せさを思い出して、、仕事の良さに気が付くかもしれませんね。

 

つまり、どっちでもいいんです。自分の人生は自分で決めれば。

自分の人生を自分で決めれないことが一番悲しい。

自分の人生は自分で決めていいだけの価値があなたにも僕にもあるんです。

 

今日も、いい一日になりますように。僕もね。

 

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