ちょろの癒し部屋

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強くなり過ぎないことがスピリチュアルパワーを強くする

こんばんわ。

ちょろです。

 

先日の痛ましい川崎市の事件。

こんなに悲惨な事があっていいのか?と思うほどの事件でした。

しかし、51歳になって引きこもりから脱せずにいた容疑者のような人は日本にはまだまだ沢山いるのかもしれません。

きっと、彼らは「強くて素晴らしい人間を夢見て挫折し続け、人生を上手に生きられなかった」のではないでしょうか?

 

もちろん。そんな身勝手な理由で人を殺めてしまう事は絶対に許されません。

しかし、根本的な部分を改善していかない限り、第2、第3の川崎事件が起こってしまうことにもなりかねません。

 

強くならなければと思う心が自分を苦しめ、本来僕達人間が持っている「スピリチュアルパワー」を感じなくさせているのではないかと思っています。

 

何とか一人でも多くの人が「生きやすい日本」になればと思い、記事を執筆いたします。

 

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人類は今なぜ存在しているのか?

地球が産まれて48億年。

その中で多くの生物が産まれ、繁栄し、衰退して、絶滅していきました。

僕達人類の祖先は約20万年前にアフリカで誕生しました。

(所説色々あるようですが、現在の最もらしい説はアフリカ単一起源説)

 

この20万年間で僕達人類は驚くほど変化して生き残ってきています。

言葉を使ってコミュニケーションを取り、文字を使って記録を残し、手足を上手く使って火を使い狩りをし、家を作り、衣服を作り、、

 

お金を使って経済を発展させ、多くの物を作ってきました。

2000年代に入るとインターネットで目に見えない世界での情報のやり取りを始めてしまいます。

僕達「人類」以外の生命体もこの地球には多く暮らしていますが、インターネットを操る生命体はいません。

 

暑さ寒さも自分たちで予測し、その環境に合わせて身を守り暮らしを形成しています。

地球の環境は、年々刻々と変わっていますが、その変わりゆく環境に柔軟に適応することで我々は生き延びているのです。

 

あれだけ繁栄していた「恐竜」は地球の大きな環境の変化に耐えられずに絶滅してしまいました。

それほど厳しい環境の中で僕達は生きてこれているのです。

ここには僕達人類の「生きる強さ」を感じてしまいます。

 

柔軟な思考で自らの肉体を環境に適応できるから僕達は今も生きているのです。

今生きているだけで既に素晴らしい存在なのです。

 

まさに「スピリチュアルな存在」そのものです。

強く生きようとすると苦しくなる

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今生きている僕達人類。

僕達は強い存在です。

多くの競争に打ち勝ってきた「強い存在」。

しかし、本当はめっちゃくちゃ弱い存在でもあるのです。

 

強い存在であれば「柔軟な適応」は出来ません。

でも、強さも弱さも兼ね備えた存在だからこそ今世界中に生きていられるわけです。

 

とても特殊な能力を持っていることは間違いありません。

 

世界中では僕達人類の命を脅かす病原体やウイルスが頻繁に出現しています。

しかし、その病原体やウイルスの猛威をかいくぐり、柔軟に適応してきたから今の僕達があるわけです。

 

人は「強く生きているようで本当は弱い生き物」なのです。

 

話を川崎事件に戻しますが、

容疑者は自分の事を「非常に弱くもろい存在」だと思い込んでいたのではないでしょうか?

そして、自分から見て外の世界にいる人間は「めちゃくちゃ強い存在」だと思い込んで自分を責めていたのかもしれません。

 

自分より強い存在の中に弱い自分が入ると心が疲れてしまう。

心が疲れて人生の先が見えないくらいであれば最強最悪の事をして死んでしまおう。

と自分を強く否定していた可能性もあります。

(そんな短絡的な理由で人を殺す考えは人間としてありえません。)

 

強くなれない自分は世間にとって害悪でしかなく、強く見える周りの人が憎くてたまらなかったのかもしれません。

 

本当は、自分も周りの人も同じように「強いけれど弱い存在」だったのにも関わらず、それを知るすべがなかったのかもしれません。

 

自分が強くなろうとするあまりに耐えられないストレスを感じてしまい犯罪を犯すなんて、こんなに悲しい話はありません。

 

僕達は弱い存在なんだ。弱いままで生きていていいんだ。そう思う事が人にとっては大切です。

 

目に見えないスピリチュアルな存在は非常に無意識的に柔軟に対応しています。

強さを自分に求めることで他人にも求めている

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僕達人間は他人に過大な期待をしすぎることがあります。

 

それは、「自分はこんなに強気に頑張ってるんだからお前も頑張れ」という変わった理屈です。

 

しかし、そう考えてしまう事は当たり前で、「自分の価値観では今の自分の強さが普通で、自分より弱い物はなまけものだ」という自分視点での見方しか人は出来ないからです。

 

自分が強くあるから人も強くあるだろう。

そして、周りの人が自分より強ければ、自分はもっと強くならなければいけない。

とどんどん負のスパイラルが始まってしまいます。

 

人が頑張って強くなりたがる理屈です。

 

でも、元々「弱い存在の人間」がこれ以上強くなる必要があるのでしょうか?

 

弱い存在で許されるなら弱い存在のままでいることの方が「自分にとってもいいし、周りにとってもいい」のではないでしょうか??

 

日本人の「生真面目さ」がもっと頑張れ!という負のスパイラルを産み出す元凶になってしまっているような気もするのです。

 

もっと不真面目に自分の弱さを受け入れる。他人の弱さに寛大になる。

そんな生き方が逆に僕達がこれから生き残っていく上で必要なことになるのではないかと思います。

 

「頑張らない生き方」とかそういう類の話です。

 

頑張らないほうがスピリチュアルパワーは無意識的に活動を起こしてくれて自分の求める物を手に入れやすくしてくれるのです。

 

自然に生きる事でスピリチュアルパワーを増幅させる

この世は目に見えないエネルギーの流れで出来ています。

僕の肉体もあなたの肉体も「エネルギーの集合体」です。

だから常に動いているし柔軟に対応しています。

 

しかし、僕達人間は「欲」を持つ生き物です。

考える能力が他の生物から比べ格段に高いので多くの願望を思い描きます。

 

その欲は時に他人と自分を比べて、「劣等コンプレックス」を感じてしまいます。

他人と自分を比べて自分がとてつもなく「無能な人」だと錯覚してしまうのです。

 

比べれば比べるほどに自分の事を卑下してしまい、とても明るい毎日を送ることは困難になります。

 

不自然に生きているからです。

自分を卑下して自分を愛さない感情は「スピリチュアルパワー」を抑え込んでしまいます。

 

自然に何も考えずに毎日を楽しんでいれば「スピリチュアルパワー」は脈々と溢れ出すのですが、欲に溺れるあまりにそのことに気が付けなくなってしまいます。

 

「今のままの自分の存在でいいのだ」と毎日思い込むことで無駄な欲を捨て、人と比べない生き方が出来るようになれば「スピリチュアルパワー」があなたを助けてくれることは間違いないはずです。

 

「好きな事だけして生きていけ」という最近の流行りのワードの原点はここに在るのだと思っています。

 

川崎事件の犯人も「好きな事」をもっと出来れば良かったのかも、と今となっては思ってしまいます。

 

終わりに

世界は毎日変化します。

変化しないように見えて必ず変化しています。

 

昨日見た物は今日も存在するのかもしれませんが、昨日の存在とは必ずどこかが変わっているはずです。

 

そんな変化する中で毎日無事平穏に生きられることに感謝して、スピリチュアルパワーを自然に活用することで、今後も人類は幸せな生活をしていけるのではないでしょうか?

 

もう2度と今回のような悲惨な事件が起こらないことを心より祈っています。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

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