おはようございます。
ちょろです。
人間はこの先生きていけるのか?
2020年になって漠然と考えてしまいました。
今世界中で「AI化の動き」は間違いなく広がっています。
そんな中で僕達人間の過去の仕事は段々と無くなっていく。
もちろん、人間が存在する限り何らかの方法で生きていくのでしょうが、過去の人類と同じような仕事内容でお金を稼ぐことは不可能になるでしょう。
ではこの先僕達人間が生きていくのに何が必要なのでしょうか?
結論から書くと、、
「コミュニケーション能力」
です。
人間の中にはコミュニケーションを取ることが苦手だと思われている方が多い。
人は「相手が何を考えているか分からない」からただの「予測」と「思い込み」だけで行動したり会話しようとしたりします。
実は相手の全てを理解することは無理なのですが、相手を理解しようとすることは可能。
作業のAI化が進んでもサービスを受けるのはみんな「人」です。AIの為のサービスは「機械のメンテナンス」くらいのサービスしかありません。
人が人らしく生きていくためには「あなたのコミュニケーション能力」を必要とするのです。では具体的に書いていきます。
人間がやるべき仕事は減ってきている
人がやるべき仕事は減ってきています。
数十年後には今の人間の仕事の半分は「AI」に奪われてしまうのではないか?という研究結果も出ています。
仕事がなければ人間は「お金を稼ぐこと」が出来なくなってしまい、貧富の格差はどんどん広がってしまいます。
アメリカでは日本以上に「所得格差」が広がっているそうです。
では、シンプルに疑問なのですが、
「その仕事必要なのでしょうか?」
ということから僕は考えます。
今まで「給料」を意識するあまり、「無駄な仕事」をただ永遠と繰り返していただけなのではないでしょうか?
確かに日本では「働き方改革」の始まりで「無駄な会議や残業」が抑制されています。
それでも、「頑張って仕事を創り出して給料を貰わなければいけない」と思い込んでいる人間が沢山います。
本当は「人間が本来持っているコミュニケーション能力」さえあれば仕事なんて創り出す必要は無いのではないでしょうか?
仕事が減っていくという事は実は「いい事」なんだと僕は考えています。
コミュニケーションを苦手とする人は克服しなければいけない
「じゃあ、仕事が無くなった人間はどうするのさ?」
と思われたあなた。
コミュニケーション能力を高めることを提案します。
AI化の広がりで仕事が無くなったのではなく「作業が無くなった」だけ。
今まで無駄に人間がやっていたことを「AIが簡単にしてくれた」のです。
人間が人間の為にサービスをして、その対価として「お金」を貰って僕達は生きていきます。AIが「お金欲しい」とは言いません。
あくまで、最後にお金を欲しがるのは人間で、お金を払うのも人間。
そこには「人間同士のコミュニケーション」があります。
機械は「100%人間と同じコミュニケーション」を取ることは不可能。
だから別にコミュニケーション能力を高めておけば「今までの仕事が無くなる」と危惧する必要はありません。逆に「楽になる」と思ってしまえばいいのです。
コミュニケーションを苦手とする人はそのコミュニケーション能力を克服していくべきだと言えるでしょう。
結局は人と人がコミュニケーションを取らなければいけない
今までは「ただ単純に物と向き合って作業をしていればよかった」と思われているあなた。それは今後無くなる可能性が高いです。
なぜならその「物と向き合うだけの作業」はAIが一番得意とすることだから。
ハッキリ言って今までやってきたことは「自らを苦しめていただけ」なのです。
AIは今まであなたがやってきたことをいとも簡単に再現してしまうかもしれません。
(もしどうしても物と向き合う仕事だけをしたいのであれば絶対に世界で自分しか出来ない技術力に高めておかなければ難しい)
前述しましたが、その物づくりのサービスも最終的にサービスを受けるのは「人間」です。AIにサービスをしてお金はくれません。
だからコミュニケーション能力が必要だと考えます。
今まで苦労してやっていたことを「機械に任せて」最後にコミュニケーションを取って人からお金を貰う。
簡単だけど大変なことはAIに任せちゃえばいいのです。
日本人はその「大変で苦しい作業」をすることが大好きな人種。
真面目にやったら幸せになれると信じている国民だと言えるでしょう。
苦しくて大変=お金 ではありません。
無理に克服しようと思わない事
では、ちょっと逆説的ではありますが、コミュニケーションを克服するために提案です。
無理にコミュニケーション能力を克服しようと思わない
と言う考え方もあり。
人が苦手なコミュニケーションを克服しようとして考えるのはきっと
「全ての人の意見を聞き入れて自我を無くす事」
です。つまり「自分は間違えているから人の意見だけを聞き入れなくちゃ」と思う事です。
それって「生きていて楽しいでしょうか?」「ワクワクする生き方でしょうか?」
僕はそうは思いません。
あくまで自分が「これがいい!!」と思ったことを実現していくことこそ「人の幸せ」になるのだと思っています。
コミュニケーションを克服しようとするがあまり、「自分はダメな人間なんだ」と思ってはいけません。
あなたには存在するだけで価値があって、コミュニケーションも必ず取れるようになってきます。
まずは「人の話を聞いて」「自分ならどう考えるか?」をよく考えて発言してみましょう。相手に強要することも必要ないですし、自分が100%相手に合わせる必要もありません。
もし、そこで仲違いしてしまうのであれば「その人とは縁が無かっただけ」です。
よく人の話を聞くというのが一番難しいので、きっとコミュニケーションが苦手な人はそれが出来ていない可能性は非常に高いと思います。
自分を愛しつくさないとコミュニケーションは出来ない
自分を愛しつくせば苦手なコミュニケーションを克服できます。
中途半端な自己愛はいりません。究極的に自分を愛しつくすのです。
中途半端な自己愛を持った人はバカなので「俺って世界で一番すごいんだぜ」と思い込んでいます。
しかもその価値観を周囲にばらまきます。
全く彼は凄いとは思われていないのですが、「俺は凄いからお前たちが俺に合わせればいいんだ」と言いながら毎日を過ごしています。
自分を究極的に愛せる人はそのことを周囲には言いません。
なぜなら「言わなくてももうそうだと決まっているから」。
自分を愛しすぎて別に周りの人からどう思われても関係ないと思っています。
だから人の意見を「どんどん聞いてみたい!」とワクワクしながら過ごしているのです。
自分を究極的に愛することが実は「相手の話を聞く」に役立つという事。
自分の事を本当に愛せていない人が「人の話を聞かないバカ」になります。
自分を究極的に愛するとスピリチュアルパワーも働いて「自分の目に見えている世界」も変わり始めます。
自分を愛するパワーと言うのはそれほどまでに強力なのです。
他人から「お前バカだなー。」と言われようと「お前って本当に価値がないよな」と罵倒されようとかまいません。
「ありがとうございます。勉強してきます。」
とでも返しておきましょう。そして、本当に毎日勉強すればいいのです。
究極的に自分を愛し続ければいいのです。
あなたが毎日勉強して自分を愛しながら行動していると気が付くと周りには「多くの仲間」に囲まれています。
それが「苦手なコミュニケーションを克服した時」です。
勉強していればいつの間にか相手の話を聞いています。
勉強しているので自分なりに考えることも出来るでしょう。
自分に究極の愛があればコミュニケーションの克服に役立つという事です。
最後に
いかがでしたでしょうか?
今回は苦手なコミュニケーションを克服することで「仕事が無くなる心配はない」という話を書いてきました。
自分を究極的に愛していけばコミュニケーションは克服できるし仕事を無くす心配もありません。ただ、「昔とちょっとだけ仕事内容が変わるだけ」です。
最後までお読みいただきありがとうございました。