ちょろの癒し部屋

ワクワクと癒しを提供しようと、毎日スピリチュアルブログを更新しています。

借金って別に返さなくてもいいんじゃないか?という話

おはようございます。

ちょろです。

 

昨晩フッと思ったので記事を書いていきます。

今日は「借金」についてです。

 

人は、お金が足りなくなったら生きていくために「借金」をします。

もちろん、借金をせずに自分の稼ぎだけで生きていくのが一番でしょうが、長い人生の途中に何が待っているのか?は誰にも分かりません。

 

そして、その借金が返せなくなると「自分を責めて自殺する」人もいます。

もちろん、そこまで行きついた人は「膨大な金額の借金」をしているかもしれませんね。

 

しかし、その借金ってそこまでして返さなければいけないものなのでしょうか?

 

今日は「借金」と「信用」について感じたことを書いていきます。

 

結論から言うと、、

 

みんな、お金の価値を信じ込まされすぎて、借金で苦しんでるだけ?じゃない?

 

ということです。

どうも、「お金ってそんなに価値があるのか?」と最近思ってしまっているのです。

あ、もちろん僕は「お金大好き」なので、そこはお間違いなく。

 

では、具体的に書いていきましょう。

 

人間はみんな「お金の存在」を信じ込まされている

f:id:choro0164:20200119065350j:plain

ここに「一万円札」があります。

皆さんは、この一万円札で「一万円分の価値がある何か」と交換することが出来ます。

 

元々は、「金(キン)」と交換できていたお金がは、制度が変わってキンとの交換は出来なくなりました。

 

世の中の「相場」で一万円相当の商品やサービスと交換を出来る券に変わったのです。

 

ちなみに、この一万円札を発行するのにかかるコストは「約32円」になります。

何だか、変な感じがしませんか?

 

32円で作られた一万円札が、もっと高い価値を生み出している?ようにも感じられますよね?

 

それは、どうしてでしょうか?

 

それは「お金って、めっちゃ大事な物だから、絶対に粗末にしちゃいけないよ!」

という風に、僕達が洗脳されてきているから、ではないでしょうか?

 

さらに、冷静に考えてみると、「何でこんなにお金の価値を信じ込まされてしまったんだ」とさえ、思ってしまいます。

そう思うと、若干怒りさえ感じてきました。

 

元々は、「ただの紙切れ」です。

日本国が「倒産」すれば、何の価値も無くなるのが円ですものね。

 

どうして、僕達はそこまでして、お金に苦しまなければいけないのでしょうか?

本当は、そのお金にまつわる物語は、架空の話では無いか?とさえ考えられます。

 

借金をわざわざ返すって騙されているようにも感じる

f:id:choro0164:20200119070319j:plain

どうして、借金をしたら返さなければいけないのでしょうか?

 

それは「お金を貸して利益を得る商売」をしている人がいるからです。

 

借金と言うのは、非常によく考えられた仕組みで、「貸した額面の数%を付けて一緒に返してね」という商売の一つですよね?

 

もちろん、貸したお金を「何としてでも回収」しなければ、金貸しで生きている人の収入が、無くなってしまうので、力ずくで取り返しに来ます。

 

でも、、「あれ??なんで、こんなに借金に対して怯えたりするんだ?」

とも、思いませんか?

 

僕達は、「借りたお金」に怯えている、のではなく、「借金取りのヤクザ様」に怯えているだけ、なのかもしれません。

 

となってくると、「別にお金なんて、借りなくてもいいんじゃない?」とさえ、思うようになって来たのです。

 

お金を借りるから、「借金取り」が発生するだけであって、お金を借りなければ、借金取りに怯える必要はありません。

 

上手く、「金貸しのビジネスモデル」に騙されているのが、僕達人間なのでしょう。

 

元々は物々交換の「利便性を高める目的」のお金

f:id:choro0164:20200119071314j:plain

そもそも、お金はどうしてこの世に存在するのでしょうか?

 

お金が導入される前は、基本的に「物と物と交換」していたのが人間です。

でも、それでは「上手くお目当ての物」と交換できないので、お米や、貝、やキン、などを使って、「スムーズに交換しやすい状態」に仕組みを変えてきました。

 

ということは、冷静に考えてみてください。

 

「お金って、別にそのものに価値って無いんじゃない?」

 

というように、思いませんか?

逆に考えると、「安定して生活ができる」のであれば、お金はゼロでもOK。

と、考えるのが普通ですよね。

 

幸いなことに、日本には「全ての国民は、健康で文化的な生活を保障する」という憲法があります。

 

ここで、僕は考えました。

「じゃあ、もし、お金が足りなくなったら、自己破産して、最低限の生活をしていけば、別に死ななくてもいいね!」

 

ということです。

ただし、最低限の生活の基準はかなり曖昧かもしれません。

ちなみに、僕が50代になって、全てのビジネスが上手くいかずに、お金が「ゼロ」になった場合、今住んでいる山口県で、もらえる生活保護費は「約10万円」です。

 

もちろん、「最低の家賃の住まい」に引っ越して、本当にわびしい生活を送る必要があるでしょうが、一応、死ぬことはありません。

 

元々、価値がないお金に対して、死ぬほど苦しめられる、ことなど本当はないのではないでしょうか??

 

本当にお金よりも信用の方が大切なのではないか?

f:id:choro0164:20200119072402j:plain

実業家の ”堀江貴文さん” は常日頃から、「お金なんて必要ないから、その分信用を得ろ」と仰っています。

 

最近、冷静に考えて、まさにその通りだな。とも思うのです。

 

さらに、考えてみると、「あの世にはお金は持って行けない」のが人間です。

つまり、生きてる間に「全部価値のある物に交換したほうがお得」だと言えるでしょう。

 

「お金を何とか頑張って、沢山稼がないと死んでしまう!!」

 

と、人間は思ってしまいがちですが、それは真っ赤な嘘かもしれません。

確かに、「より文化的な生活」を送ろうと思うと、「多くのお金」があるに越したことはありませんが、僕は今、「ライター」と「ブロガー」、そして「趣味程度の音楽」をしているだけです。

 

あとは、「図書館で本を借りて読む」「YouTubeで動画を楽しむ」「たまに映画をレンタルする」くらいのことしか、していません。

 

殆どの事は、「かなり低いコストで出来ます」よね?

 

ネットを契約して、パソコンがあれば殆ど出来ます。

 

多くのお金を稼ぐこと、それよりも、「受けた仕事を誠実にこなす」とか、「約束を破らない」とか、「お世話になった人に感謝を忘れない」とか、「親を大切にする」とかの、「人からの信用」を得ることの方が、大切な気もします。

 

お金と言う「作り物の偶像」に囚われていると、「本当に人間にとって大切な、信用を無くしてしまう」のではないか?と感じています。

 

ただ、一つ言わせてもらうと、「今よりも、もっともっと多くのお金は欲しい」ことには変わりはありません。

 

ただし、「楽しくない仕事に人生を奪われること」は絶対にしたくありません。

自分の、やりたいことだけを仕事にして、「もっと多くのお金」を手にして、「信用ある人生」を生きていければ、それでいいのかな?と思っています。

 

きっと、皆さんも、「お金がない恐怖」に怯えていませんか??

「お金がない事なんて、死ぬことに比べたら全然怖い事じゃありませんよ!」」

と、僕は言いたいのです。

 

皆からの「信用」を失う事の方が、とっても恐怖ですね。

 

 

 

借金をしたからって自殺するほどでもないと思う

いかがでしたでしょうか?

 

世の中では多くの人が「借金を苦に自殺」をします。

でも、よく考えてみましょう。

 

そこまでの勇気があるのであれば、国に「最低限度の生活をさせて欲しい」とお願いすればいいのではないでしょうか?

 

ホームレスの方なんて、寒空の下「元気に生活をして」いらっしゃいますよね?

僕は、死ぬことがやっぱり一番怖いです。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

【スポンサーリンク】