ちょろの癒し部屋

ワクワクと癒しを提供しようと、毎日記事を更新しています。

【スポンサーリンク】

結局何が幸せなのかを学ぶ。図書館で学ぶことも幸せ。

おはようございます。

ちょろです。

2月も折り返し地点を過ぎました。

あ、、2月は28日しかないのか、、ということは折り返しと1日、、、。

早いですねーー。ついこの前2019年になったばかりなのに、、もう1.5か月経ちました。この当たり前に生きていられることにもっと感謝が必要です。

 

なんだかんだ言って図書館へ

僕のツイッターを見て下さっている方はご存知でしょうが、、

 

twitter.com

「明日は図書館へ行く」と言ってみたり、「やっぱり行くのやめた」と言ってみたり、心はコロコロ変わりましたが、、、結局行きました。図書館。

f:id:choro0164:20190216063355j:plain

奇麗です。3回建て。田舎のくせに生意気です。w

 

f:id:choro0164:20190216063457j:plain

人が全くいないように見えますが、人がなるべく映り込まないように、しかもばれないように静かに撮っています。すみません。

 

f:id:choro0164:20190216063603j:plain

雑誌もあります。

ここの「音楽コーナー」で結構立ち読みをします。

雑誌ばっかり沢山買うときりがないですので、、、

 

f:id:choro0164:20190216063937j:plain

外は薄曇りです。

何だか冬っぽい感じで素敵。

f:id:choro0164:20190216064101j:plain

 

そして、、三階へ行くのだ。。

 

f:id:choro0164:20190216064133j:plain

 

そして、、本を読む。ゆっくり読む。

 

幸せとは何だろう

僕達の住んでいる国、日本。

日本は終戦後の何もない時代から、豊かさを求めて高度経済成長を成し遂げました。

その結果。物は国中にあふれ返り、どこに行っても何でも手に入るようになりました。

それが豊かさだと思ってみんな頑張って来たのです。

僕も30年前はもう少し不便でした。

コンビニなんてのも無くて、スーパーマーケットまでは徒歩30分。

田舎の小さなスーパーなので、そこで揃うものは限られていました。

夜も外灯は少なく真っ暗になって、車なしでは生活できません。(これは今でも一緒か)

人との連絡手段は「電話」や「手紙」。

文通なんてのも流行りました。

情報はテレビを見て知り、本屋さんで本を買って最新の情報を共有し、

時代に取り残されないように学んでいました。

 

それから30年。時代は更に劇的に変化しました。

コンビニは歩いてすぐの場所に出来て、24時間空いています。

コンビニに行けば生活に必要な物は殆ど揃います。

僕の大好きなお酒も買えます。しかも歩いていけます。

電話をかけたり手紙を出すことは殆どなくなりました。

全て「メール」や「LINE」で用事を済ませています。

しかも、殆ど無料で利用できる凄いTOOLです。

(最近話題なのは、この無料ってのは個人情報と引き換えになってるってことに気付きにくいですが、、)

テレビも僕は殆ど見なくなりました。

全ての情報はインターネットと、お店に並ぶ雑誌、日々読んでいる日経新聞のみです。

 

テレビより早い情報が行きかいます。しかも24時間リアルタイムです。

気になることはグーグルやツイッターで検索すれば何でも出てきます。

画像まですぐに出てくる始末です。

 

そう、この世界はもう十分に豊かになりました!

 

なのに、僕達はこの豊かで幸せな事に誰一人気が付いていません。

まだ、僕達は不幸で豊かじゃないと思っています。

 

そう、物質だけが豊かになってもそれは本当の「幸せ」ではなかったのです。

 

足るを知る心

なぜ幸せじゃないのか?

それは僕達の心が幸せじゃないから。

心が豊かじゃないからです。

物が無い時代には、「物がないから豊かじゃないんだ」「よし!物を作ろう!」と頑張ってきて、今の時代。

そして、「物が沢山そろったぞ!!」「俺たちは豊かなはずだ!!」

 

???あれ???

 

なんだか、まだ不幸だな。

そう、最近は自分の子供を殺してしまうような悲しい事件も沢山起きています。

30歳代の無職の男が、まだ若い10代の女の子を殺してしまうような残忍な犯罪も起きています。

みんなが幸せならこんな悲しい事は起こらないはずです。

幸せじゃない人がまだまだ沢山いるってことです。物は溢れるほどに揃ったのに。

 

本当は、僕達人間はどこまで行っても「幸せにはなれません」なぜなら、もっともっとと欲しがるのが自然な感情で、それが生きてることの証明だから。

 

でも、逆に言うと、物が在っても無くても、すぐに幸せになることも出来ます。

「今が幸せだ。」ということを自分で信じることです。

「足るを知る心」これこそがすぐに幸せになれるヒントです。

 

f:id:choro0164:20190216070559j:plain

今作業している机の上はきれいになっていますか??

整理整頓出来ていますか?

要らない物が置いてあるごちゃごちゃな中で作業していないですか?

 

タンスに2年以上全く来ていない服がパンパンじゃないですか??

定期的に処分していますか??

ゴミは溜めっぱなしになっていませんか??

いつ使うか分からないような雑貨があちらこちらに散乱していませんか?

 

家の掃除は出来ていますか?

トイレはきれいですか?

奇麗な家を神様は好みます。神様に好かれると幸せに一歩近づきます。

特にトイレは重要。一番お金持ちな神様は「トイレが大好き」です。

 

物を大切にすることとケチは違う

物は必要最低限でいいのです。

今生活が出来る必要最低限のもので。

例えば、掃除をするにしても最先端の掃除機は要りません。

ほうきとちりとりと、雑巾、バケツ。

これくらいがあれば少しは掃除が出来ます。

もし、「掃除機がないから出来ない。」と言っている人がいたらそれはただの掃除をしたくない言い訳です。

言い訳なんてのはいくらでも出てきます。

人間ていうのは「言い訳の達人」ですから。

幸せになれない言い訳も得意です。本当はもう幸せなのにね。

 

必要最低限の物だけで暮らせば「一つの物をより長く使おうと思う」はずです。

毎日毎日安い物を買いそろえるんじゃなくて、長く使えるしっかりした物を一通りそろえて、長く使うはずです。

 

故障しても修理してなんとか使おうとするはずです。

物を大切にします。

1円でも安いものを探して探して、毎日買い替える「ケチ」な人とはちょっと違います。(もちろん、ハイクオリティで極力安いものがいいですが、、)

 

壊れて、修理して、限界まで使い続けることは「ケチ」ではありません。

「賢い生き方」「物を大切にする生き方」です。

 

賢い生き方で物を大切にして、いつもきれいな家を目指して、必要最低限のもので暮らす。心を苦しめない、無駄な脳を使いすぎない、自分を追い詰めない、こんな心が豊かな生き方をしたいものです。

 

参考文献:禅と掃除

枡野俊明 沖幸子 著

 

禅と掃除  清々しく暮らす

禅と掃除 清々しく暮らす

 

 

 

 

【スポンサーリンク】