ちょろの癒し部屋

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山口にあるフランシスコ・サビエルの記念聖堂でキリスト教に触れる

おはようございます。

ちょろです。

 

先日、山口に在りますフランシスコ・サビエルの記念聖堂に伺いました。

カトリックの独特な雰囲気に包まれ厳かな気持ちになって帰ってきました。

 

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(こんな場所です)

山口県にお立ち寄りの際は是非一度行ってみられることをおすすめします。

 

フランシスコ・サビエルとは?

1550年に日本にキリスト教の布教活動に訪れ、キリスト教を広めた人です。

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この人ですね。

歴史の教科書にも出てくる有名な人ですね。

 

仏教を重んじていた日本に訪れ、日本の仏僧たちとも議論を交わし、キリスト教の信者を増やしていきました。

 

フランシスコ・サビエルは1506年ごろヨーロッパの「ナバラ王国(今のポルトガルの辺り)」で産まれました。

当時のポルトガルはフランスとの紛争が各地で起こっていました。

(キリスト教にはカトリックとプロテスタントと宗派の違いがあり、当時はこのフランスとポルトガルの辺りで度々紛争が起きていた)

 

戦乱の中、人々はより強く団結し神様に祈りを捧げキリスト教への信仰はますます深まっていったのではないでしょうか?

 

フランシスコ・サビエルはキリスト教の布教の為にまずはインドのゴアへ派遣されます。

ちなみに、全国的にはフランシスコ・ザビエルですが、山口では、フランシスコ・サビエルが正しい言い方です。(ザが濁らない)

 

インドで布教活動を順調に行い、そのインド(ゴア)で出会った日本人と共に日本へはるばる布教活動にやってきました。

 

その時の船旅の絵が飾ってありました。

 

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結構な長旅だったのではないでしょうか?今から約470年前の出来事ですね。

偶像のような物にお祈りを捧げている信者が見えます。

 

真っ暗な中での長旅。結構疲れそうです。。メンタルやられそう。

 

でも、神様さえいれば大丈夫!って感じなのでしょうか。恐るべし宗教。

 

そして、鹿児島へ。

その時の様子がこちら。

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めっちゃ取り囲まれてる!!!

やっぱり背が高いですね。日本人は小さいみたいです。

 

鹿児島でも布教活動をしようと試みました。初めは布教の許可を得たようですが、段々仏僧からの締め付けに会いこれ以上の布教を諦め次は平戸へ。

 

最終目的地は京の都だったようですね。京で日本国王に会って布教の許しを得たかったようです。

 

平戸では順調に布教活動を行い、次に立ち寄ったのが山口です。

 

山口では当時の守護大名 大内義隆に嫌われてしまい、早々に旅立つことに。

次に目指したのは船で堺です。大阪ですね。

 

そして、大阪から京の都を目指します。

 

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こんな感じの旅だったようです。

やっぱり、京都の辺りは雪が深いですね。

 

470年前は今よりも豪雪だったのでしょうか??結構寒そうです。

 

しかし、、京で日本国王に会うことは出来ませんでした。(献上の品が無かったことが原因のようです)心狭いな。

そして、比叡山延暦寺でも話が合わずに撤退。

 

室町幕府の力が弱くなっていた時期と重なっていて日本人側も「それどころじゃねーよ」っていう感じもあったようですね。

 

せっかく、日本国王に会ってキリスト教の良さを分かってもらいたかったのに、サビエルは残念です。

 

しょうがないのでサビエルは京を後にし、再び山口を経由して平戸へ。

 

平戸には実はお土産を持ってきていたんですよ。この人。

「お土産上げたら結構受け入れてくれるんじゃね??」

とでも思ったのでしょうか?(奥の手持ってました)

 

とにかく、お土産持って再び山口の 大内義隆を訪ねます。

望遠鏡とか、琴とか、絵、時計、眼鏡、なんかを持って行ったようですね。

(ちなみに眼鏡はこの時に始めて日本に伝わったのだそうです。)

 

すると、この大内氏。。

「おお!!ええやんええやん!!布教したいの??ええよええよ!」

って具合に受け入れてくれたそうです。(現金な人)

まあ、そりゃそうですよねまだ誰も見た事も無いヨーロッパグッズが手に入ったんだから。

大内氏は、住むところとしてお寺までくれたんだって。VIP待遇ですね。

 

いよいよサビエル記念聖堂の中へ

 

そして、その布教活動の400年後に建てられたのがこの記念聖堂。サビエル記念聖堂です。山口県山口市にございます。

 

中には上記の絵や展示物が色々ございます。

 

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こんな像とか。

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お祈りに使う服とか、、

 

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めっちゃ奇麗なステンドグラスもあります。

何かの絵を基に当時の様子をステンドグラスに起こしたのでしょう。

 

何だかちょっと和風な雰囲気も感じられるステンドグラスです。

 

こんな感じで、小物から像、絵が展示してあります。

1階は展示場のようなところになっています。

 

ちなみに入館料は100円以上の寄付です。

僕はお金が沢山あるので、、、、、ひゃ、100円をえい!!

と入れてきました。

 

そして、2階へ。

2階は教会になっています。

 

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おお。厳かな雰囲気です。

めっちゃ静かな空間です。

神様の雰囲気めっちゃ感じます。

 

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ステンドグラスもきれいですよね。

 

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神父様に何か聞かれてるような気分になります。

やましいことはありませんが、ここで嘘は言えない雰囲気です。

 

ちなみに、ここのフロアには「願い事を書ける用紙」が用意してあったので書いてきました。。。普段の感謝のみ書きました!!(嘘。お願いもした。)

 

こんな感じで記念聖堂の中を見て回ったら、次は外へ。

 

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石像でも宣教してくださっています。

神様。。

 

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そしてこちら。

ローマから日本に贈られた鐘のようです。ヨハネ・パウロ2世が「戦争の無い平和な世界」を願って作られた鐘です。

 

1988年に贈呈を受けたようですね。

昼間の間は一人一度だけ鳴らせます。

結構大きな音でした。。

 

フランシスコ・サビエルは再びヨーロッパへ

フランシスコ・サビエルは2年間の日本滞在でキリスト教を広めてヨーロッパへ再び帰っていかれました。

 

当時の日本は室町時代。仏教が当たり前の時代ですよね。

仏教では仏様。当たり前の様にお寺にお参りに行っていた人ばかりの中にいきなり現れて「あなたは神をしんじますか?」なんて言われたら、、「えええ??は??」ってなりますよね。

 

でも、サビエルはよほど強い想いと意思があったのでしょうね。

周りから結構白い目で見られながら活動していたのではないかと推測します。

 

「世界を変えたい!」という強い想いがあれば世界は段々と変わっていくということを教えてくれているようにも感じました。

 

仏教信仰を重んじている国の偉い人と会って、「どうしてもキリスト教を広めたい!」という想いをプレゼンして熱意を伝えて人々を変える。

 

まさに、現代日本でも今必要とされていることなのかもしれません。

時代の変革期にあるのは宗教なのかもしれませんね。

 

最後に

世界には自分の知らないことが物凄く沢山あります。

星の様に無限にあります。

 

僕達は死ぬまで勉強を続け、死ぬまで新しことを学び続けることで日々幸せに生きられるのではないかと思いました。

 

知る事。人と論議すること。そして、互いに認め合い強くなること。今日からも毎日また勉強していこうと思う1日でした。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

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