おはようございます。
ちょろです。
皆さんは「ありがとう」という言葉を使っていますか?
僕は毎日のように使っています。
なぜなら僕の周りには感謝で溢れた世界が広がっているからです。
そのまま思った「ありがとう」を伝えることは世界を幸せな色に変えてくれます。
仏教では「情けは人の為ならず」とも言いますが、「ありがとう」という言葉自体に
見返りを求めてもいいと思っています。
見返りを求めること自体そのままの人間らしくて素敵な状態です。
欲が無い人間はいません。
欲を持って、「ありがとう」という言葉を習慣化していきましょう。
世界は感謝で出来ている
この世は感謝で出来ています。
つまり、ありがとうの塊なわけです。
ありがとうの塊というのが分かりにくければ。「有難い存在」という別の言い方も出来ます。
有難い。有ることが既に難しい。とも読み取れます。
つまり、宇宙や僕達が住むこの地球、そして日本。
この場所に今僕達が「在ること」は非常に価値がある事なのです。
僕がここに産まれる前に多くのご先祖様が子孫を残し運命の出会いを繰り返し、
更に多くの事件や事故を潜り抜けて、今の世界に適応しながら生きてきてくれているわけです。
もうすでにこの時点で「ありがとう」ですよね。
僕のじいちゃんのそのまたじいちゃんが子孫を残してくれなければ、今の僕はないわけです。
僕のじいちゃんがばあちゃんと出会って結婚しなければ僕は産まれてこない事にもなります。僕のじいちゃんの一瞬の決断が僕を産み出しています。
そもそも、地球がこの今の場所に存在すること自体「有難い」ことなのです。
そしてその中で産まれた生命体。地球の変化に適応しながら生き延びてきた人類。
言い出せばきりがないほどの感謝でこの世界は成り立っています。
そのまま伝えることが大切
ありがとうのメッセージはそのまま伝えることが大切です。
習慣的に伝える事です。
ありがとうという言葉をそのまま伝えることが恥ずかしいと感じる方もいらっしゃるでしょう。しかし、何も恥ずかしい事はありません。
ありがとう=おはようございます
くらいに考えて気軽に伝えるだけです。
何度も言いますが、僕達が今ここに存在することは非常に価値があって有難いこと。
そんなことを言葉に出さずに毎日を生きていくなどあり得ないことです。
もう、今生きて空気を吸い込んでいるだけで有難い事なのですから、「ありがとう」とそのまま言葉に出すことが一番自然な習慣になります。
「恥ずかしいから手紙で・・」とかもアリですが、僕は直接そのまま言葉に出して言いまくるべきだと思っています。
手紙を渡すときに一言「ありがとう」とボソっと言ってもいいじゃないですか。
もし、感謝を伝える相手がいないのであれば、
「ありがとう地球!ありがとう宇宙!ありがとう日本!」
でもいいと思うのです。
とにかく、今存在していることに感謝を示す。そして具体的に習慣的にありがとうを口に出しましょう。
ありがとうに上も下もない
「ありがとうを気軽に言うと人から舐められるかもしれない。だから気軽に言ってはダメだ。」
などという古い考え方の人も未だにいらっしゃるかもしれません。
自分は周りの人より上にいて、自分より下の人にヘコヘコしたくない。
と考える方です。
自分より立場が下だと思い込んでいる人に「感謝する必要は無い」などと意味不明な思考をしていらっしゃるのかもしれません。
しかし、そんなことで人の価値は揺るがない。というのがありがとうの力です。
僕達がこの場所に存在するのは「有難い事」です。
まずそこの価値に自分で気が付いていない人は「自分は上で周りは下」という上下関係を作りたがります。
上下関係を作って自分が上に降臨していないと不安なのです。
そのままの状態で自分が存在することが一番いいのですが、この、「そのまま」が怖くてできない人です。
怖がるから、もっと周りを怖がらせて自分より下の位置に置いてやろうと習慣化しています。
だから、「ありがとう」なんていう言葉を伝えるなんて絶対に出来ません。
ありがとうを伝えるだけでもう「怖くて怖くてたまらない」わけです。
天国に行く人も地獄に行く人もみんな同じように価値がるわけです。
だからお互いが感謝しあってそのままの姿で有難い星、地球に生きていればいいのです。
なにも怖い事はありません。
いや、逆に「実はみんな怖がってるんだから自分も怖がろう!」
って感じがいいのかもしれません。
人というのは自分の身を守る為に沢山怖がります。
怖がるから地球の変化にも適応出来て来たし、怖がるから助け合ってコミュニティが出来ているわけです。
そのままありのままに生きていれば自然と怖がるようになっているのです。
世の中では凶悪な犯罪も起こっています。
大人が子供を殺してしまう残忍な事件も多いです。
この殺人犯たちはみな「恐怖におののいている状態」です。
自分の立ち位置が怖いから何とか変えたくて人を殺して自分を正当化したいだけです。
習慣的に自分が恐怖を感じるようにしてしまっているのです。
殺人犯の人でも元々は別に悪い人では無いですし、この世に産まれるだけの価値がある人です。
ただ、周りから感謝をされたり、自分で世界に感謝したりする機会があまりに少なすぎただけなのだと思います。
本当は彼らも僕達と同じように皆に感謝し、皆から感謝されて生きていたかったのかもしれませんね。
ありがとうをそのまま伝える習慣を持つことで人は「恐怖」から脱却することが出来ます。
習慣化して継続することが大切
ありがとうとそのままいう事。
それは「習慣化する」ことが一番大切です。
息を吐くように「ありがとう」と言う。言い続ける。
そこにはもはや「ありがとう」という感情すらもないように感じる。
それぐらいに当たり前に習慣化することが必要です。
継続しているとこの世は「ありがとう」で満ち溢れていることが非常によく分かります。
毎日当たり前の様に起きて当たり前の様にご飯を食べて当たり前の様に眠りますが、
この地球がなければそれは出来ません。
もうすでにこの時点で「地球、ありがとう」です。
住むところや食べる物を作ってくれる人々。それを有難く食べて「ありがとう」。
それくらいに世界は自分に対して愛情を降り注ぎ続けてくれているのです。
今僕達は価値があるからここに存在していて、価値があるからご飯を食べたり夜寝たり出来るのです。
それは当たり前のことではありません。
そして、その当たり前では無いことにそのまま感謝をする習慣を持つべきです。
難しい事ではありません。毎日「ありがとう」と伝え続ければいいだけです。
実際に伝えたい人がいればどんどん伝えてあげればいいと思います。
出会う人みんな本当はありがとうの存在なのですから、躊躇する必要はありません。
おはようございます=ありがとう
こんにちは=ありがとう
くらいに考えてしまえばいいのだと思っています。
ありがとうが習慣化すると実は自分の周りの環境も少しずつ変化します。
なぜかわからないくらいに「逆ありがとう」がやってきます。
「情けは人の為ならず」が巡り巡ってやってくるわけです。
それは当たり前です。
ありがとうをそのまま伝えることの習慣化で「人からのありがとうに気が付きやすくなっている」のです。
そのままありがとうを伝える習慣を持ちましょう。継続しましょう。
最後に
この地球に今生きていてくれて、更に今僕のこのブログを読んでくださっている皆さんは非常に有難い特別な存在です。
そのまま生きていくだけで価値があってありがたいことです。
ありがとうと言う習慣は世界を変えてくれます。変わらない世界はありません。
今日もそのまま生きていきましょう。
最後までお読みいただきありがとうございました。
夜眠れない人も感謝の気持ちで幸せになりましょう。